2016年5月23日月曜日

校歌を考える(その3)   H28.5.22

〜創立五十五周年記念誌より〜

第三節
学び修めて 故郷(ふるさと)の華
栄光(さかえ)は薫る 一の宮
 この学校は房総東海岸地域の人々に、門戸を開くために設
 立された。それらの人々は、ここに学んで自己を完成する
 が、それは、とりもなおさず、故郷に華を咲く立派な人物
 となることである。したがって、その栄光は燦然として、
 一宮を中心に香る。一宮町は、この学校を設置して、今も
 なお学校のために、物心両面から協力しているが、同時に
 この学校の存在が、一宮町にとってもきわめて重要な位置
 を占め、一宮の名を高めているのである。
  ※燦然(さんぜん)

ひろく伸びゆく 世の指標(しるし)
掲げ往く 永遠(とわ)の創造
 教育は、個人の完成を目指すものであり、結果として、社
 会人としてその自覚と活動とを付与するものである。した
 がって、ここに学ぶ者は、その心構えで学ばなければなら
 ない。個人としての完成は、社会人としての識見と手腕と
 を保有すべきことを意味する。
 それゆえ、当校の課程を卒えたものは、地方の有能人たる
 と同時に、どんな広い社会へ出ていっても、堂々役に立つ、
 いわば世の指標であり、その抱負に生きる者でなければな
 らない。しかして今日のごとく、人間の生活が、段々自然
 の制約を克服して、教養とその結果生まれる文化の力が、
 人生を豊かにして行く時代には、創造力こそ発展の最大の
 根源である。ネイチュア(nature)をナーチュアライズ
 (nurturise)して、カルチュア(culture)に至り、無限
 のクリエーション(creation)を為し続ける姿こそ、当校
 が理想とする人間像である。校訓に創造と示したのもこの
 意味である。

理想に燃えて 励む我等
 よって、この「理想」を目がけて、たゆみなく「励む」生
 徒の気構を示して、第三節の結びの句としたのである。